最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)235号 判決 1987年4月02日
主文
原判決のうち、本件救済命令主文第一項中の参加人中島九州男、同横田重信に対する各解雇後原職復帰までの賃金相当額の支払を命ずる部分(以下「本件バックペイ命令」という。)の取消請求に関する部分を破棄し、右部分につき第一審判決を取り消す。
本件バックペイ命令を取り消す。
上告人のその余の上告を棄却する。
訴訟の総費用はこれを五分し、その一を被上告人の負担とし、その余を上告人の負担とする。
理由
上告代理人苑田美穀、同山口定男、同立川康彦の上告理由書(一)記載の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。原審の確定した事実関係の下において、参加人中島九州男、同横田重信に対する本件解雇を労働組合法七条一号に違反する不当労働行為とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同上告理由書(二)記載の上告理由第一について
一 論旨は、要するに、本件バックペイ命令について、これを労働委員会の裁量権の合理的な行使を超えた違法なものということはできないとした原判決には、労働委員会の裁量権の範囲について法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
二 労働委員会が不当労働行為により解雇された労働者の救済命令において、解雇後原職復帰までの間の得べかりし賃金相当額の遡及支払(バックペイ)を命ずる場合に、被解雇者が右期間中他の職に就いて収入を得ていたときは、労働委員会は、解雇により被解雇者が受けた個人的被害の救済の観点だけから右収入(以下「中間収入」という。)の額を機械的にそのまま控除すべきではなく、右解雇が使用者の事業所における労働者らの組合活動一般に対して与えた侵害を除去し正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するという観点をもあわせ考慮して、合理的裁量により、中間収入の控除の要否及び程度を決すべきであり、そのいずれか一方の考慮を怠り、又は救済の必要性の判断において合理性を欠くときは、その命令は、裁量権の限界を超え、違法とされることを免れない。そして、右後者の、解雇が組合活動一般に対して与える侵害の除去という観点から中間収入控除の要否及びその金額を決定するに当つては、右の侵害は、当該労働者の解雇により当該使用者の事業所における労働者らの組合活動意思が萎縮し、そのため組合活動一般に対して制約効果が及ぶことにより生ずるものであるという見地においてこれをみるべきものであり、それは、当該労働者が解雇によつて現実に受ける打撃の軽重と密接な関係を持つものであるから、これに関連する諸事情を勘案して中間収入控除の要否及びその金額を決定すべきものである(最高裁昭和四五年(行ツ)第六〇号、第六一号同五二年二月二三日大法廷判決・民集三一巻一号九三頁参照)。
三 原審の適法に確定したところによれば、参加人中島、同横田は、タクシー業を営む上告人にタクシー運転手として雇用され、上告人会社に勤務するタクシー運転手で構成する参加人組合に所属していたものであるところ、昭和五一年八月二一日懲戒解雇されたが、同年九月一日から訴外博多タクシー有限会社にタクシー運転手として就職し、同月以降本件救済命令が発せられた当時まで、従前上告人から支給を受けていた賃金額を上回る金額の賃金を得ていた、というのである。
原審は、右事実に基づき、本件解雇によつて参加人中島、同横田が受けた個人的な経済的被害の面からみると、その回復があつたものといえるとした上、本件解雇が上告人会社における組合活動一般に対して与える侵害の面について、次のように判示している。すなわち、参加人中島、同横田が本件解雇によつて受けた個人的打撃そのものは軽少であつたというを妨げないが、本件解雇は半田副執行委員長に対する出勤停止二か月、黒岩、江里口両執行委員に対する出勤停止各三か月の懲戒処分と共に参加人組合に対し打撃を加える目的の下にされたものであつて、現に参加人組合は本件解雇を契機として組合員の大量脱退、退社等が相次ぎ、参加人組合は壊滅的打撃を受けており、参加人組合員の組合活動意思に対する制約的効果が軽少であつたとはいい難い場合があるから、被上告人が全額のバックペイを命じたことがその裁量権の合理的な行使を超えた違法なものということはできない。
四 しかしながら、原審の確定した前記事実関係に照らせば、原判決が判示するとおり、本件解雇による被解雇者の打撃は比較的軽少であるというべく、したがつてまた、本件解雇がもたらす上告人会社における労働者らの組合活動意思に対する制約的効果にも通常の場合とはかなり異なるものがあるとみるのが当然であるから、他に特段の理由のない限り、本件において全額のバックペイを命ずることは合理性を欠くものといわなければならない。原判決は、本件解雇が他の組合役員に対する出勤停止の懲戒処分と共に参加人組合に対し打撃を加える目的の下にされたものであるとの事情をもつて参加人組合員の組合活動意思に対する制約的効果が軽少であつたとはいい難い場合である旨判示するが、バックペイ命令における中間収入控除の要否及びその金額を決定する当たり、当該解雇の組合活動一般に対して与える侵害の面として右のような解雇の事情を考慮に入れることは、前示の観点からみて妥当を欠くものといわざるを得ない。
本件救済命令は、全額のバックペイを命ずるに当たり、「中島及び横田は会社から解雇された後、他のタクシー会社で就労し、相当の収入を得ていることが認められるが、その勤務は欠勤者を待つて就労するものであつて、通常の勤務者に比べて不安定な地位にあることが認められ、また、解雇期間中の生活費、不当労働行為救済申立に伴う諸費用及び企業外に排除された同人らの組合活動上の制約等のことを勘案して、……全額の支払を命ずることをもつて相当と判断する」との理由を示していることが第一審判決別紙命令書の記載上明らかであるが、右理由のうち、参加人中島、同横田の他のタクシー会社(博多タクシー有限会社)における勤務が不安定なものであるとの点は、原審の認定しないところであるばかりでなく、右参加人らが毎月解雇前の賃金額を上回る賃金を得ていた事実に対比し、理由として納得し難いところであり、また、その余の点は被解雇者に一般的な事情をいうものにすぎない。そして、本件に現れた資料によつても、本件解雇後前記のような収入を得ていた参加人中島、同横田につき、右中間収入の控除を全く不要とする特段の理由を見出すことはできない。してみると、本件バックペイ命令は、被上告人に認められた裁量権の合理的な行使の限度を超えた違法なものといわざるを得ない。
五 以上と異なる原審の判断は、バックペイ命令に関する労働委員会の裁量権の行使について法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決中本件バックペイ命令に関する部分は破棄を免れない。そして、前記の事実関係の下において、上告人の本訴請求中本件バックペイ命令の取消しを求める部分は正当として認容すべきものであつて、これを棄却した第一審判決は不当であるから、右部分につき第一審判決を取り消した上、右請求を認容することとする。
同第二について
労働委員会による救済命令の基本的目的は、使用者による不当労働行為の結果を事実上除去し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることにあるのであつて、私法上の法律関係を確認したり、形成しようとすることにあるのではないから、被解雇者が解雇期間中他に就労して中間収入を得た場合、バックペイ命令においても平均賃金の六〇パーセントを下らない限度で中間収入を控除すべきであるとする所論は、失当である。論旨は、採用することができない。
同第三について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。主文における「懲戒解雇を取り消し」との文言の故に本件救済命令の内容が不明確であるとの見解を前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)